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2016年8月16日 (火)

「天皇生前退位」報道は「安倍政府と天皇の対立」との観点で考えてみた。

 私は、関係者という匿名のリークによりNHKに初報を流し、マスコミが追従、足並みをそろえて「天皇生前退位」の報道をするのを見て、マスコミを動かすことができる強力な何者かが、天皇を退位させたがっているとみていたが、安倍政府と天皇の対立と見ている意見があるので、その線に沿って、考えてみた。

安倍自民党に対し「日本の戦争国家化」を強制している米国の戦争勢力は戦時中、皇居や京都を空襲していない:だから、天皇には逆らえないのかもしれない

 米国の戦争勢力が、戦時中、皇居や京都を空襲していないのは、なぜなのだろうか。

 まず、1945年3月10日の東京大空襲で、一晩で10万人が殺されたことは知っていた。しかし、東京空襲は、これだけではなく、真珠湾攻撃から5か月後の1942年4月の最初の空襲から、1945年3月10日を含めて終戦の日まで、実に130回以上、連続的にあって、死傷者・行方不明者は25万670人、罹災者は304万4197人で、犠牲者数だけ見ても広島・長崎、沖縄戦をこえる規模だとは、知らなかった。

 どうして知らないかというと、東京には、慰霊碑がないからだ。広島・長崎、沖縄には慰霊碑があり、毎年、慰霊の式典が大々的に行われる。

 東京で、広島・長崎、沖縄戦をこえる規模の虐殺が行われたのだから、当然、慰霊碑が建てられてしかるべきであるが、なぜ、建っていないかというと、GHQが、建てさせないからだった。それは、「戦争を忘れさせるため」。東京で空襲の被害を受けた人は忘れないが、その人たちがいなくなってしまえば、慰霊碑がなければ忘れ去られてしまう。

 しかも、東京大空襲の場合、GHQが慰霊碑を立てさせないということだけでなく、なんと、3月10日の東京大空襲を指揮したカーチス・ルメイに対して、天皇から勲一等旭日章が授与されている。いったいそれは、なぜなのだろうと考えた。

 東京の庶民は、25万人もが殺されたが、皇居など、日本の支配層は攻撃対象から外され、無傷で残っている。もしかすると、空襲しないでいてくれたことに対する感謝状だったのだろうか。

 

語れなかった東京大空襲の真実
      首都圏制圧のための大虐殺
                       130回で25万人殺傷      2015年10月2日付

  25万人もの都民を殺戮しながら意図的に攻撃対象から外したものもある。ここからアメリカの東京空襲の狙いが見てとれる。
        代表格は皇居だ。東京のど真ん中に広大な面積を持つ皇居について、米軍ははじめから「攻撃対象にしない」という指令を徹底していたし、天皇側もそれを知っていた。皇居北側の近衛師団司令部、東部軍司令部などの軍中枢部や、市ヶ谷の陸軍省・参謀本部(現・防衛省)など、本来 狙われるべき軍中枢が無傷だった。赤坂離宮(現・迎賓館)、青山御所、新宿御苑、浜離宮、上野公園などの皇室所有地や、官僚機構の一端を担っていた皇族住 居はことごとく攻撃の対象外だ。
        東京駅は焼失したが、皇居に挟まれた丸の内の金融ビル街も残った。三菱本社、三菱銀行、三菱商事、日本興業銀行、横浜正金銀行、東京銀行、第一銀行、勧 業銀行、関東配電(東京電力)などの財閥のビルが林立している。朝日、毎日などの新聞各社、放送会館(NHK)も残った。八重洲では日銀、三井本館。永田 町や霞ヶ関でも、内閣府、国会議事堂、警視庁、内務省、大蔵省などが残された。ちなみに上野公園に隣接する三菱財閥統帥の岩崎久弥邸も攻撃を受けていな い。広島、長崎、下関空襲でも三菱の主要工場は無傷であり、政財界とアメリカの盟友関係を裏付けている。
        軍施設がほとんど残されているのが特徴で、陸軍の心臓部といえる赤羽の陸軍造兵廠、陸軍火薬庫、工兵大隊、陸軍被服本廠、兵器支廠、東京第一、第二兵器 補給廠も周囲が焦土になるなかでわざわざ残されている。代々木の近衛輜重大隊、陸軍輜重連隊官舎、広大な駒場練兵場や野砲隊の官舎群もみな無傷だ。
       E 工業施設でも、東芝本社のある芝浦工業団地から品川駅付近の港湾施設も攻撃されなかった。全滅した深川区に隣接する石川 島造船所、佃島、月島など東京湾に面した工業施設、南部工業地帯の蒲田でも中心市街地が徹底的に焼き尽くされたが、羽田飛行場などの軍需施設はほとんど攻 撃されていない。「米軍作戦任務報告書」に記された工業的目標はわずか22カ所に過ぎないが、そのうち破壊したのは18%だと記されている。実は無差別爆 撃ではない。絨毯爆撃ではあるが、アメリカの対日支配に役立つものは残し、その邪魔になる庶民は殺すと極めて明確に選別している。
        「暗闇のなかであれほど緻密な爆撃がどうしてできたのか?」という疑問も多く語られていた。「目標から外す目印のために 誰かが下から光を当てていた」と証言する人もいた。原爆投下と同じく「戦争を終わらせるためにやむをえぬ」というものではなく、日本を単独占領するために 国民の抵抗力を摘むための大量殺戮だった。

 天皇はマルタ騎士団メンバーだったり、イギリスからは明治天皇以来代々ガーター勲章に叙されていたり・・・ する。

【天皇はぶっちゃけ、マルタ騎士団、ガーター騎士団メンバーでした】


長崎はポルトガル領だった 

オランダの貿易船リーフデ号が豊後沖で難破し日本人に救助される
という事件が起きる。1600年のことである。
ポルトガル人の宣教師達が、執拗に彼らを処刑せよと言うので、
家康がそれを不思議に思い、リーフデ号の船長のウィリアム・アダムスを
呼んで聞いてみると、スペイン・ポルトガルのカソリック教会と、イギリス・
オランダのプロテスタント教会の国家が敵対していることがわかり、

 長崎のカソリックは、フランシスコザビエルがもたらしたイエズス会で、浦上教会が原爆の標的になった。つまり、イエズス会に原爆が落とされたということになる。イギリス、オランダはプロテスタントだが、アメリカはイギリスで異端とされたプロテスタントである。彼らの共通の敵は、イエズス会なのだと思う。

 関ヶ原の戦いで、徳川軍が使った大砲はイギリスから送られたもので、この大砲の数で勝った徳川軍が圧勝した。徳川が貿易をしていたのはオランダだけだったが、徳川時代からイギリスとは交流があっただろう。皇室も、明治天皇以来、ヨーロッパの騎士団とかエリザベス女王と結びついているということなのだと思う。これが、アメリカの戦争屋が天皇家や天皇財閥へ手出しができない理由なのではないだろうか。

 明治から、皇室の礼装は、西洋の王族と同じような服装だし、そういえば、明治の政治家たちも西洋式な服装をしてやたらと勲章をぶら下げている。日本式なところがまったく見られない。

 つまり、天皇並びに天皇周辺は、アメリカの戦争屋とは、別の勢力(ヨーロッパ王族グループとでもいえばいいのだろうか)にいるのではないかと思う。安倍氏も当然、天皇周辺だから、戦争屋とは違うその勢力内にいるはず。小泉純一郎氏とは、そもそもの居場所が違うのに、戦争屋に操られて小泉氏と同じになっている。

 安倍氏が、米国戦争屋の言いなりに日本を変えていることに対して、天皇みずからが、警告したということじゃないかな、と私的には思った。

 

 また、明治維新は、トマス・グラバー(フリーメーソン、武器商人)とフルベッキ(宣教師)の指導による革命だったわけで、明治政府は、フリーメーソン政府と言っていいと思う。

 昨年、私は甲府方面へ旅行した際、甲府城へ寄った。すると、なんと、明治政府が贈ったというオベリスクが建っていた。山縣有朋の名が入っている。

 「1922(大正11)年に建てられた謝恩碑で、設計は伊藤忠太など。明治天皇が山梨県内の御料地を県民に下賜したことを感謝したもの」だそうで、明治政府がフリーメーソン政府である証拠だと思う。周囲と全く調和しないなんとも不釣り合いなオベリスクだ。

Photo


 明治天皇と明治政府要人は、フリーメーソンとして、日本の統治をしていた。

 明治維新の陰の立役者トマス・グラバーの出身地は、スコットランド・アバディーンシャーでケルト系言語スコットランド・ゲール語である。グラバーはケルト人で、スコティッシュメーソン。「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店「グラバー商会」を設立した。薩摩藩の五代友厚・森有礼・寺島宗則、長澤鼎らの海外留学、長州五傑のイギリス渡航の手引きもしている。

 「ジャーディン・マセソン商会」自体が、スコティッシュメーソンの会社である。

ジャーディン・マセソン商会

    前身は東インド会社で、元は貿易商社。1832年、スコットランド出身のイギリス東インド会社元船医で貿易商人のウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンにより、中国の広州(沙面島)に設立された。中国語名は「怡和洋行」。当時、広州は広東システム体制下、ヨーロッパ商人に唯一開かれた貿易港であった。ウィリアム・ジャーディンとジェームス・マセソンは陳舜臣の小説『阿片戦争』では重要なキャラクターとして登場している。

    設立当初の主な業務は、アヘンの密輸と茶のイギリスへの輸出。香港上海銀行(HSBC)は、ジャーディン・マセソンなどが香港で稼いだ資金をイギリス本国に送金するために設立された銀行である。

    清とイギリスとの間で1840年から2年間にわたって行われたアヘン戦争に深く関わっている。アヘンの輸入を規制しようとする清朝政府とイギリスの争いが起こった際に、当時のアヘン商人の一つであるジャーディン・マセソン商会のロビー活動により、イギリス本国の国会は9票という僅差で軍の派遣を決定した。

サッスーン財閥とジャーディン・マセソン商会

また、明治維新で伊藤博文、井上馨ら長州5傑(Choshu Five)が、グラバーの仲介で、イギリスに密航しロンドン大学に留学に行きましたが、そのときの船はジャーディン・マセソンのもので、彼らを迎えたのは ジェームス・マセソンの甥であったヒュー・マセソンでした。

このように、明治維新はフリーメーソン、ジャーディン・マセソン商会、サッスーン財閥、ロスチャイルド財閥と深く関わっているのです。

 戦後、民主主義がもたらされたようになってはいるが、支配者層は、明治のまま変わらず続いている。日本の支配者層の支配者も変わりないと思う。

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